―第一話―
とある寺の住職が齢六十八歳になるまで、大切に守り続けてきた箱があった。
その歴史は長く、普段は隠してあるらしい。
古くから銀を用いた箱だということだ。
諸説あるが銀には聖なる守りの力が備わっているということだ。
毎年磨かれはするものの、だんだんと黒ずんできている。
封印が解け始めているのだろう。
平成の世になって、他の寺院にもひきとりてはない。
住職は跡目を継がせる者には、大きな負担と看たのであろう。
すぐに鬼の封印を解き、成仏を祈念しようとした。
しかし、鬼はすでに印を破り、どこかに潜伏しているようだ。
跡を継ぐ者には、たまったことではない。
還俗するとまでは言わなかったが、ことの顛末を聞いて、
もう、寺院に来て三十九年の副住職は、
「しばらく考えさせていただいてよろしいですか」
と馬鹿正直に言った。
その夜を散歩していた晩。
背筋に鋭い刃のような、怨念もまじえた妖しい気配を感じとった。
ヒタヒタと足音は近づく。
思わず走り出してしまいそうになったが、正体は気になる。
恐怖を堪えてふり返ると、そこには誰もいなかった。
さても不思議と思われて、ふと行く手を見返せば、
色もくすんだ灰色の背広を着た男が
ボロボロのネクタイを示して、どうやら娘にもらったタイピンをなくしたと言う。
おかしなもので、その粗末な身なりを見ているうちに副住職に同情の念がわいてきた。
「それはどのようなピン、なのです?」
とある寺の住職が齢六十八歳になるまで、大切に守り続けてきた箱があった。
その歴史は長く、普段は隠してあるらしい。
古くから銀を用いた箱だということだ。
諸説あるが銀には聖なる守りの力が備わっているということだ。
毎年磨かれはするものの、だんだんと黒ずんできている。
封印が解け始めているのだろう。
平成の世になって、他の寺院にもひきとりてはない。
住職は跡目を継がせる者には、大きな負担と看たのであろう。
すぐに鬼の封印を解き、成仏を祈念しようとした。
しかし、鬼はすでに印を破り、どこかに潜伏しているようだ。
跡を継ぐ者には、たまったことではない。
還俗するとまでは言わなかったが、ことの顛末を聞いて、
もう、寺院に来て三十九年の副住職は、
「しばらく考えさせていただいてよろしいですか」
と馬鹿正直に言った。
その夜を散歩していた晩。
背筋に鋭い刃のような、怨念もまじえた妖しい気配を感じとった。
ヒタヒタと足音は近づく。
思わず走り出してしまいそうになったが、正体は気になる。
恐怖を堪えてふり返ると、そこには誰もいなかった。
さても不思議と思われて、ふと行く手を見返せば、
色もくすんだ灰色の背広を着た男が
ボロボロのネクタイを示して、どうやら娘にもらったタイピンをなくしたと言う。
おかしなもので、その粗末な身なりを見ているうちに副住職に同情の念がわいてきた。
「それはどのようなピン、なのです?」