俺はほとんど何も考えずに反射的に通話ボタンを押していた。

『プルルルル、プルルルル』

数回の呼び出し音が鳴り、そして

『……もしもし』

相手のケータイにも俺の名前が表示されているのだから驚いただろう。

ほんの一週間前までは毎日のように聞いていた声より、僅かに低く震えていた。

そう、聞き慣れた声……

通話の相手は香絵だ。

「もしもし…香絵…?」

『うん…』

もう何年も話していなかったような錯覚に陥りそうになる。

そんなに時間は経っていないのに、何故だかとても懐かしい。

「……俺、頑張るよ」

『うん』

「必ず夢を叶えてみせるから」

『うん』

「それから……」

『…何?』

香絵は俺の言葉を黙って聞いていてくれた。

そして時々優しい声で頷いてくれた。

もう俺には、周りの雑音など一切聞こえていなかった。

まるで、香絵と二人っきりの世界にいるみたいだ。

俺は、ゆっくりと言葉を紡いだ。

あの日、言いたくて言えなかったこと。

ようやく言えるよ。

待たせてごめんな、香絵。

「俺も好きだよ」

『……っ』

見えないけど、今香絵がどんな顔をしているか、分かるよ。

きっと君は泣いているんだろう?

また泣かせちまったな。

けど、今回は嬉し泣きだろうから見逃してくれよ……?

「いつか必ず迎えに行くよ」

『……ぅん』

「そしたら、こっちで一緒に住もう」