「……お兄ちゃん…。どうしてここに…?
もしかして全部聞いてたの?」
楠がさっきの勝ち誇った笑みを消し去り、急に眉を寄せて不安声になって彼を見上げた。
僕にも何故楠 明良がここにいるのかは謎だったが、どうやら話の全容を聞いていたようだ。
顔が困惑に歪んでいた。
「……バカだな、乃亜は」
楠 明良は顔を俯かせて声を搾り出すように小さく呟いた。
楠はじっと兄の様子を窺っている。
「本当にバカだよ、お前は…
死んだら心に残るなんて間違いだよ。
そんなこと……しなくても、俺の心はずっとお前のものだったのに…」
楠が目を開いて息を呑む気配があった。
実際何かを言ったかもしれないけれど、
楠の問いかけは、風にかき消されて僕の耳には届かなかった。
楠の表情が頼りなげに揺れる。
「俺たち、ホントは血が繋がってなかったんだ。俺は知ってたけど…」
「血が……繋がってない……」
楠は驚きに目を開いた。
僕だって驚いている。雅はこのことを知っていたのだろうか。
「お前が俺を実の兄貴だと思い込んで慕ってくれてたから、言い出せなかった。
拒絶されるのが怖くて、言い出せなかった…
バカなのは俺かも。
俺が真実をお前に話さなかったから…こんなことに。
俺はお前のことを……
ずっと好きだった」
楠 明良は僕の横を通り抜けると、乃亜にそっと歩み寄った。
僕と同じようにしゃがみこむと、乃亜の頬にそっと触れた。
「お……にいちゃ……」
乃亜の大きな目から涙が溢れて、ゆっくりと零れ落ちた。
まるでスローモーションを見るように、美しい映像だった。
明良はそっと乃亜の涙を指で拭うと、そっと彼女を抱きしめた。
「おに……ちゃ…!あたし…、あたしっ
ごめ……ごめんなさい
雅にも……酷いこと……」
涙の形をした悲しみが溢れていた。
いや、それは愛情だったのかもしれない。
その感情を何と呼べばいいのか、
僕には分からないよ。



