「雅はあたしの数倍頭が良くて、強い子。そして……優しい」
僕は膝まづいたまま、楠を見上げた。
僕の疑問の答えにはなっていなかったが、楠の言葉に耳を貸そうと思った。
というか、そうする他なかったというべきか。
「あの子はあたしの思惑通り先生に近づいた。でも、先生に近づいて……先生を好きになった。
優しいあの子に復讐なんてやり遂げられると思ってなかったわ。計算通り」
「どうして……」
膝の上で握った拳に力が入った。
震えているのが分かった。
怒りか、恐ろしさか―――僕には分からなかった。
「雅は!彼女は君を裏切ったことを苦に自らの死を選ぼうとした!!彼女が死んでも良かったっていうのか!!」
思った以上の強い声が出た。
あの時……雅は本気で死のうとしていた。
今でも時折思い出す。
あの時の雅の悲痛な面持ちを。心からの叫びを。
それを考えるとぞっとする。
僕の声に同調してか、風が一層強く吹き抜けた。
宙に薔薇の花びらが舞って、僕と楠の間をいったりきたりしている。
楠はここで、初めて笑顔を拭い去った。
表情が……まるで風にさらわれたように綺麗に落ちている。
怖い。
恐怖が地面からついた膝を伝い徐々に浸透してくる気がした。
女の子に対して初めて恐怖を感じた。



