「先生、雅と付き合ってるんだってね」
楠はにっこり微笑みながら言った。
まるで精巧に創られた人形が人の手によって笑わされている、そんな笑みだった。
楠は車椅子を巧みに動かすと僕の元へと来た。
僕は何故かそこから一歩も動くことができなかった。
足が地面に吸い付いているようだ。
僕は息を呑んだ。
何か……何か言わなきゃ……
そう思ったけど、言葉は出ない。
「そんな顔しないで。あたし嬉しいんだ。先生と雅がうまくいってくれて」
楠はいくぶんか本来の肉体に戻った腕を僕のほうに伸ばした。
僕はすっと腰を落としてしゃがむと、楠と同じ目線になった。
楠はにこっと微笑んだ。
その笑顔は鬼頭が復讐を遂げようとしていたあのときと同じ微笑だった。
楠はすっと僕に顔を寄せた。
甘い芳香が鼻につく。
むせ返るような強いものではなかったけれど、いつまでも鼻に残るような、決して忘れられなくなるような印象的な香りだった。
楠は僕の耳に顔を寄せると静かに口を開いた。
「雅が先生を好きになるのは分かってた。
だってあたしがたき付けたんだもの」



