ある日から女は雨を降らせなくなった。


部屋にある地球儀をくるくると動かす事もせずに部屋の隅にふさぎ込み、何もしない日が続いた。

「どうしたの?」
男は女が心配になって声をかけた。

「もう雨を降らせたくないの」
女は床から目線を上げることなく言った。


力ないその言葉を聞いて男は静かに女の横に腰を下ろす。
女と同じように膝を抱え、床に視線を落とし、意識だけを女に向けた。

「疲れたの?」
男は聞いた。

「あなたには分からないわ」
女はただポツリとそう言った。

男は女を見た。

人の隙間を縫いながら、雨の中をぐるぐると歩いている時に時折見せる、行き場のない感情を押し黙らせた表情がそこにあった。

「雨は必要だ」
「でも歓迎されない方が多い」
短い男の言葉に女も簡潔に答える。やるせなさを多分に含んだ声色で。

そうして二人は再び静寂の中に身を置いた。

男が聞いた。
「雨は好き?」
「考えた事もない」
女の視線は依然として床から上がることはない。
男は動かない地球儀をぼんやりと見つめた。

ややあって、
「じゃあもう降らせなくていいよ」
男が発した言葉に女は床から視線を上げて反応した。

「雨は必要だけど、歓迎されないことが多い。皆も歓迎しないなら降るよりも困る方がいいと思う」
言い切った男が女を見る。
何か言いたげな表情を浮かべてこちらを見る女に男は爛漫に微笑んで見せた。

女の視線はのろのろと地球儀に這っていく。
動かない地球儀を見ながらくるくる回る女の脳味噌を男は想像した。

やがて女は立ちあがった。

「雨を、降らそうと思う」
「どこに?」
「私に」
立ちあがった男に女は言った。

「私に、降らそうと思うの」

その目には不思議な覚悟のような色が浮かんでいた。