少年が降りてきたのは、それから少し経ってからだった。

 まるで昇る時を逆再生したように寸分違わぬ同じ姿勢で同じ場所に降りてきた少年は足を地面につけるなり、掴んでいた折り鶴を掌に乗せてパチンと指を鳴らした。
 鶴はその途端砂のように細かい塵になりふわっと舞い上がって消えた。とても自然な消え方だった。

「おまたせ」
少年はハンチングを軽く浮かせて挨拶をした。
「ちゃんと会って渡してきたよ。これ証明書ね」

 そう言って小さな紙を手渡す。
四角い簡素な白い紙には生前よく目にした妻の字で妻の名前が書かれていた。
「どうもありがとう」
私は懐かしい気持ちでその文字を視線でなぞる。

「おじさん本当に奥さんの事好きなんだね。迷わずにすぐ着いたよ」
「だから言っただろう」
 私はそう言いながら照れ隠しに俯くようにすると、貰った紙を二つに折って皺にならないように丁寧にポケットにしまった。
そして、
「妻は何か言っていたかい?」と少年に聞いた。
 少年は
「あー、おじさんもかぁー」
とおでこをぴしゃりと叩きながら天を仰いだ。

「おじさん、自分が何にも言伝頼まないのに相手からなんかあるわけないでしょ。何喋ればいいのさ」
「でも、元気?とかよろしくとか……」
「おじさん元気か?とかよろしく伝えて、とか俺に言ってないでしょ?向こうだってそうだよ」
「ああ、そうか……」

 そう言われればそうだなぁと思う。

「大体みんな男の人ってそうなんだよ。おじさんに限らずね。求めよ、さらば与えられんって言うでしょ?言葉が聞きたきゃ投げかけなきゃ」
「次の時は伝言を頼むよ」
私は言った。
「まいどあり」
少年は微笑んだ。