「そんな明らかに危なそうな穴に誰が落ちるっての」
「あんただよ。穴があったら入りたいって顔してるじゃないか」

おっさんは人差指で真正面から私を指さしながらからかうようにそう言って、そのまま人差指を穴に向けた。

「立ち入り禁止、って書いてある」
「あんた以外は、って言う但し書きが見えんかね」
「危険、って言う看板も立ってる」
「危険でもいいじゃないか。あんた、穴に入ってもう出てこれなくていいと思っていたんじゃないのか」

私の気持を見透かしているのだろうか。いちいち癪に障るし、怖いし、気持が悪い。
この穴にゲロでも吐いてやろうかと思うくらい、私はおっさんにイライラしてきていた。

しかし、それと同時にこの穴への興味も湧いて来た。

穴はただ丸くて真っ暗な暗闇を絶えずこちらに提供しながらぽっかりと開いていた。
その不気味で無機質な黒に何だか異様な魅力を感じた私は一歩、穴に近づいた。それからまた一歩。

真上から覗くと、吸い込まれてしまいそうな気持ちになった。
今、これがブラックホールですよ、と言われれば私は信じるだろう。

「暗い」
私は当たり前のことを言った。
「穴だからね」
おっさんも当たり前の返事をした。

「どれくらい深いの?」
「そりゃ落ちてみんことには分からんさ」

そうおっさんが言った瞬間。
まるで世界の圧力が変わったみたいに頭の上の空気が重くなり。

耐えかねた私はバランスを崩して、その穴に、落ちた。