『月見酒』


少し肌寒い夜、お月さんを肴に晩酌を楽しんでいたらお月さんに話しかけられました。

「あらまぁ、こんな寒い夜に外に居て。冷えませんこと?」

「そんなに寒くないのよ」

私はお月さんに答えました。
「カーディガンを着ているし、それにウイスキーをホットで頂いてるもの。冷えないわ」

私は白い磁器のマグカップを高く掲げていかが?とすすめてみましたが、いや結構よありがとうとお断りされてしまいました。
それで私はそのマグカップをそのまま口に運びました。

「あったかい。美味しい」
「独りで呑気に晩酌なんていいご身分ね。羨ましいわ」

お月さんのその口調に皮肉めいた響きを感じた私はむっとして、お酒の力もあって、あらあなたこそ、とやり返しました。

「いつも空からせかせか動く私たちをのんびりと見下ろしているじゃない?いいご身分はそちらじゃなくって?」

するとお月さんはそんなこと言われるなんて存外だわ、とぷりぷりしながら言いました。

「私は今こうしている間もぐるぐる回ることをやめていないのよ。ちょっと休憩、なんて腰を下ろす場所もないし、今日はちょっと早めに動いてみようかしら、なんて変化もつけられないんだから、いいことなしよ」
「お月さんにはお月さんなりの苦労があるのね」
「そうよ、お互いさまよ」
「そうかぁ」

私はコップに視線を落とし、2杯目を作ります。
お月さん色の液体がコトコトと音を立てて白い器に満たされていきます。
コップは円柱。だからウイスキーも満月型。

「飲み過ぎじゃあなくって?」

お月さんに咎められました。

「でも、私、今日は飲みたい気分なの」

そうは言ったものの、咎められたせいもあって私はコップにお湯を注ぐのを躊躇しました。そしてそのまま両手でコップを包むように持ちました。
お月さん色の液体にお月さんが写り込みます。まるで表情を覗きこまれているみたい。