■甘い香り

放課後…

「いらっしゃ〜い、今日は定休日なのよぉ!」

HEAVENの扉を開けると同時、男の人が背中を向けながらそう言った。

『…恭平?』

嫌だな…
まだ心の準備も出来てないのに…

「あら、カンナじゃない。 今日は休みよ?」
『あ…愛里?!』

恭平だと思った後ろ姿だが、振り向けば見慣れた愛里の顔だった。

『な、何で男の格好してんの?! まぎらわしい!』
「何よ、女の格好してる時は悲鳴上げてたくせに…」

そ、そうだけど…
私の中で愛里はもう女だったから…

「お休みの日は、まずお店を掃除するのね。 メイクと着替えはその後よ!」

愛里はそう言うと、ホウキ片手にせっせと働く。

と…その時、後ろの扉がキィと開いた。

『カンナ、来てたの?』

今度こそ本物の恭平が現れ、言葉を返すタイミングを逃してしまった。

『せっかくだから何か作ろうか? 女の子でも飲める物を…』

しかし恭平は構わず、淡々と話を続ける。

あのキスは夢だったんじゃ…
そう思わせるほど、いつもの恭平だった。

『飲んだら…愚痴が止まらないかもよ…?』
『何? 学校で嫌な事あった?』

フッと涼しげに笑う様が上から目線で少し羨ましく思う。

【経験豊富】

そう言われても恭平なら上手く受け流してしまうんだろう。

大人と…
子供の違い…

『…苦いの嫌だから…甘いのがいい…』

しかもお酒も飲めないし…

『了解しました。』

定休日だと言うのに恭平は嫌な顔1つせず、カクテルを作ってくれる。

茶色い液体からは、甘く懐かしい香り…

『…コーヒー…?』
『鼻がいいね。 コーヒーリキュールだよ…』


しばらくして出てきたのは、甘い香りを放つ琥珀色のカクテル…

『カルーアミルク。 お酒が駄目な人でもきっと飲めるから、飲んでごらん?』

その言葉と甘い匂いに誘われ、グラスのフチに唇を着けてみる。

『…コーヒー牛乳だぁ!』
『そっ、お子様でも飲めるお酒!』
『へ〜…って子供じゃないってば!』

恭平はクスクスと笑いながら私の文句を黙って聞いていた。

甘い甘いカルーアの香りは、恭平に対する戸惑いまでもを解かしてくれた。