■不意打ち

暖房の効いた車内は、甘い芳香剤の香りがよく目立つ。

空は冬の寒空…
窓のスモークも手伝ってグレイに霞む。

いつも通る寂れた公園前通りには、今日もまた綺麗な花が供えてあった。

『恭平はここであった事件知ってる?』
『うん?』
『私は高校に入ってから聞いたんだけどね… 通り魔が出たんだって…』

今、私が16歳で事件が2年前…
高校生になるまで、この辺りは通らなかったし事件の事も知らなかった。

『知ってるよ、俺は2年前もHEAVENにいたから…』
『そうなんだ… じゃあどんな人が被害者かも知ってるんだ?』

私の質問に恭平はフッと笑うと冷たい手で私の頬に触れる。

男の人に似合わない華奢で大きな手は頬を撫でた後、髪を絡めながら退いでいった。

『…恭平…?』

私、変な事言ったかな…

『被害者は20歳の女の人… 事件の少し前に結婚式を挙げたばかりの綺麗な奥さんだったよ…?』
『奥さん…?』

じゃあ…
毎日、欠かさず花を供えていたのは彼女の旦那様…?

まるで彼女への愛情は薄れていないとでも言うように…

『…何でカンナが泣くの?』
『え…?』

私、泣いてなんか…

『やだ… 涙が…』

自然と溢れ出た涙はお腹に巻かれたシートベルトに落ち、ベルトを色濃くした。

『へ、変だね…ッ 見た事もない人なのに…』

私ってこんなに涙脆かったかな…

涙のせいで信号機の赤色が滲んで見える。
それを遮るかのように、瞼(マブタ)に黒髪がそっと触れた。

少し長めに伸びた恭平の前髪…

『…ッん…』

そして唇には生暖かく、少し湿った感触…

…ファースト…キス…

甘さの少ない大人の香水の香りと煙草の味が抵抗しようという意思まで奪う。

《プーッ!!》

と、突然鳴った後続車のクラクションに恭平はバッと前を向いた。

『あー… 青になってんじゃん…』

まるで何事もなかったかのように車は動き、公園の花はあっという間に見えなくなってしまった。

本当に…
何もなかったかのように…