「ちょっと、あたしもトイレ行ってくるね」


“光くん”に逢えて機嫌がいいのか、美波はもう酔っているようで足元をふらつかせながら、ルンルンと歩いて行った。


目の前には、その美波を上機嫌にさせた男が一人


さっきとは、打って変って無愛想な顔をしているように見える。


「あんたって、最悪だね」

人のことを言えるのかなんて分からないが、同じ上をキープしている人間として、態度が腹が立つ。


何も精一杯、客を楽しませろなんて言わない。

だけど、少なくとも客を不愉快にはさせてはいけないのだ。


何も答えない目の前の男に大きなため息をぶつけると男はあたしを見るなり「はぁ~」と短い溜息で返してきた。


「俺、人間嫌いだから」


そう静かに発した言葉にも、やっぱりさっきのトーンと変わらなかった。


「失礼します」


そう言いながら、自分のスーツのポケットからタバコを出すと、高級そうなデュポンでキーンと音を鳴らしながら火をつけた。



あたしは言葉を失った。

いや、時間が止まっていたとでも言った方が正しいのか……


その言葉に、あたしは……


またある人と重ねていた。



『人間が嫌いだから、だから俺はこの仕事を選んで人間を好きになろうと思った』


そう、あたしに言ったあの人……


目の前の男に自然と視線を向けていると、あの笑顔に戻った。



その笑顔にしているのは、きっと男の視線の先に美波が映ったからだろう。


「ありがとう~!!」


美波が嬉しそうに“光くん”のおしぼりを受け取ると重たそうな腰をソファーに預けた。


あたしは、それを笑顔で見つめている目の前にいる男をただ見つめていた。