あ、はじまる……。

マイクを持つ手が少し小刻みに震えながらもなんとか口元へ持っていった。


『捨てろ、すべて捨ててしまえ!!』


頭の中によぎったのは、曲のイントロではなく、店長の言葉だった。


一瞬だけ、あたしの視界には歌詞の流れる画面だけが映し出され、周りにあるものすべてが消されていた。

まるでひとりだけ、この世界にいるかのように……。

その世界の中で、あたしは眼を閉じ口を開くと静かに歌い始める。



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人ごみをかきわけ  

歩いていく毎日に時々、目をつぶりたくなる  


逃げることのできない現実に身をまかせ  

ただ時が過ぎゆくのを待っていた   


幸せってなに?  


いつからか自分に問うことさえ忘れて歩きつづけていた   



あなたに届くなら伝えてしまいたい
  
あなたに届くなら受け止めてあげたい   


もう 泣いてもいいよ   
ひとり枕を濡らす夜明けは悲しすぎるから   


もう 笑ってもいいよ   
君はひとりじゃないのだから  


この気持ちがあなたに届くようにと   


今日も歌いつづけたい


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画面の文字が消える最後まで、静まりかえったフロアの真ん中であたしは流れている曲を聞いていた。


曲が終わった瞬間に湧き上がる盛大な拍手。
目を開けると、あたしの視線は自然と店長へと向けられる。


腕を組み、眼を閉じてる店長から視線が離せず、あたしはフロアの真ん中に立ちつくしその姿だけを見ていると 、



ゆっくりと目を開けた店長の瞳にはキラキラとと輝くものがあった。


“店長……?”


店長は指で目をこすると、今までに見せたことのない優しい笑顔であたしを見た。



あたしも思わず店長の涙につられそうになったけど、そっと唇を噛みしめ、その場から去りはトイレに駆け込んだ。