「トイレ行ってくる」
そう言うと、男はわざと口にタバコを咥えた。
あたしに火をつけろと言わんばかりに……
タバコの上に置いてあるデュポンを手に取ろうとした時「それは触んな!!!」そう言いながら、あたしを睨みつけた。
「ごめん……」
自分の持っているライターなんかで火を点けたらまた文句のひとつでも言うだろうと思い、いつも使っているデュポンでとこんな男に気を使ったのが、裏目に出た。
静まり返った部屋の中……
あたしは耐え切れず「トイレ行く……」と部屋を出て行った。
「はぁ~」
鏡の前に映る自分にため息を吐く
がっくり落ちた肩がやる気のなさを物語っている。
なんなんだアイツ。
そう目の前の鏡に映っているのは自分なのに、アイツの顔が浮かんでくる
アイツ……
怒ったかと思ったら寂しそうな顔してやんの。
一瞬だけ見せたその顔をあたしは見逃してはいなかった。
分かんねぇ……
これからまた戻るのかと思ったら、逃げ出したいくらいだ。
この店に入ってそんな思いは一度も記憶にない
色んな客はいたが、あたしは上手くかわしてきたりしたつもりだ。
でも、あの男だけは無理……
「そうだ!!」
あたしは持っているポーチの中から携帯を出すと、安藤さんに電話をした。
早く来て貰えばあたしは早くアイツの傍から逃げられる
「早く出て……」鳴り響くコールをあたしは耳に強く押し付けていた。



