そうして微睡んでいた時、店の扉が開いた。入ってきたのは、空気を含んだような巻き髪の女性だ。ボヘミアスタイルのよく似合う綺麗な人。
「コーヒーもらえる?」
 愛らしい唇から出た声は、その顔に相応しく高い。その人は当たり前のように隣に腰掛けた。
「初めまして」
 天使のような可愛らしさに胸の鼓動が収まらず固まる身体に、自然にその言葉が入ってきた。意識するより先に同じ言葉を返していた。
 彼女はふとレコーダーを見つけると、MDは聞けるか、と冬谷に声をかけた。肯定の返事が返ってくると、大きなエナメルバックからMDケースを取り出し、その中から一枚選んで席を立った。
 レコーダーから流れてきたのは、J-popだ。男性ヴォーカルの、おそらくバンドだろう。
「嫌いじゃない?」
「ううん、」
 むしろ、好き。
 香ばしいコーヒーが彼女の前に置かれた。


強くなりたいとか
力が欲しいとか
勇者はいつでも言ってるけど
綺麗事だけじゃ
どうにもならない事が
全てなんだよ
この世界がそうだろう?


「名前は?」
「ゆいって呼んで」
「俺は冬谷」
「ふゆたに、だよ」
「こら!」

「何て名前?」


「みゆう」


「じゃあ、みゅうちゃんだね」


 ゆいちゃんの笑顔は、私を幸せにしてくれた。冬谷の珈琲は、私を幸せにしてくれた。
 部屋の中で、液晶画面に写った自分の瞳すらまともに見れなかった私が、ゆいちゃんや、冬谷の優しい瞳を好きになった。
 二人に会う時の私は、何も偽らなくてよかった。二人は私の何も知ろうとしなかったからだ。ただ、みゅう、という人であればいい。
 太陽の暖かい光は嫌いだった。悪い事をしている私を、全てを知っているくせに優しく包み込むから。でも、この店の暖かさは好きだ。
 店を出れば、冷たい風が頬を撫でる。ぽっかりと胸に空いた物悲しさは消えないけれど、明日まで生きてみようと思えた。