「ピンポーン」

無機質なアパートの呼び鈴と共にそいつは現れた。
バイトの疲れにうなだれる体をなんとかなだめすかし、玄関先の扉を少し開ける。と、その隙間から顔がのぞく。髪がやや斜めにさっと流れる。

「ど、どうも…」

一瞬の間の後、俺は口を開く。

「あ、今朝の…」
「死神です」

取っ手を強く握り勢いに任せ扉を閉めた。
いや待て。
確かに俺は今朝この扉の向こうのやつとぶつかった。でも住所は教えた記憶が無い━━

「あ、そ、そのごめんなさい」
「……ストーカー?」

今、頭に浮かぶこいつの正体はこれしかない。

「あ、あのお話だけでも…」
「扉をはさんででも会話はできる。それとも何か?殴らなきゃ気が済まないか」

ありったけの疑問をぶつける。すでに手にはうっすらと汗を握っていた。

「え?え?」

おたおたとしている姿が扉ののぞき穴から見える。妙な罪悪感を覚え、すぐに目を離す。

「今朝の仕返し、とかじゃないのか?」
「いえ!違います違います」
「じゃなんだ」
「ここで説明するのはちょっと…あ、こ、今晩は」
「今晩は、彼女さん?」

聞き覚えのある声が扉の向こう側から聞こえる。隣のおばちゃんだ。
「い、い、いやそそそんなことは」
「いいのいいのおばちゃんも昔はそんなだったわ」
少し控え目な笑い声の後隣の扉の閉まる音がした。

「あ、あの…」

死神と名乗る女がこちらに話を戻そうとした。その時ふとどこか不安が安心に変わる何かを感じ、固く閉ざしていた扉のノブに手をやる。

「入りなよ」

俺は、許してしまった。