「…かわいい」
車のドアが閉まる一瞬前。
ぽつ、っと頭上からそう呟く声が聞こえた。
私は俯いているだけで、その言葉に気づかない振りをした。
聞こえない振りをしていればいい。
聞こえていたところでどう対処したらいいのかわからないんだから。
「有紗ちゃん、おとなしいね」
車を走らせながら、主任はそう話しかけてきた。
「いえ、そんなつもりは…」
「そう?…無理矢理誘ったから、てっきり怒ってるのかな、と」
「別に――…」
そう言いかけて、私は飛び跳ねそうになった。
運転中の主任の左手が、私の右手を包んでいたからだ。

