音だけで、見えない敵にイラつきながら、あたしは彼の腕を握り直す。
だんだんと、あたしにかかる体重が重たくなってきている気がする。
ずり落ちていくように倒れ込もうとする彼を支え直し、上げにくい足を上げて、歩く。
自分の息も上がってきていることには、もうとっくに気づいてた。
「……も、ちょっとだから、倒れるなよバカっ」
あたしは悪態とも取れないセリフを吐きながら、『桜井』と書かれた札のある家の前で立ち止まる。
ほら、着いたよ。
だからもう黙ってよサイレン。
聞き飽きたよ、耳が痛ぇんだよコノヤロウ。
わかったよわかったから家に入ればいいんでしょわかってるから……。
…って、あ。
しまった。
インターホン、押せないや。
ちょっと待てそれはねぇだろここまでがんばってきたのにどういうことだよインターホンとかいうラスボスが待ってたよ自分マジ涙目。
どうしよう。どうやって開けてもらおう。
そうだ誰か呼ぼう。でも誰をどう呼べばいいんだ。
もうわけがわからん。すげぇ死にたい。
じわり、と。視界が歪んできた、その直後。
――ガチャッ
門の向こうの、玄関のドアが突然開いた。
思わず顔を上げた、歪む視界のその先。
あたしの瞳がとらえたのは、
「――……先輩?」
至極見慣れた我が後輩、桜井春人、その人だった。


