「……はあ?」
ミンミンゼミが鳴く8月。
ミーンミンミンと騒がしいセミの声に、あたしの間の抜けた声はかき消された。
目の前の見慣れた顔は、数分前にウチにやってきたときと変わらずムスッとしている。
珍しく見る我が後輩のそんな表情が若干ツボりそうとかそんなこと言えない。
「……だから、“はあ?”じゃなくてですね!」
あたしの反応がお気に召さなかったらしい我が後輩、春人はカッとなった様子で身を乗り出してくる。
夏はいつもヘバっていたのにやっぱり成長したんだなあとかそれ今思うことじゃない。
春人はソファの上であぐらをかいているあたしに、テーブルを挟んで声を荒げる。まあ春人が声を荒げたところでまったくもって怖くはないのだが。
「もう一回言いますけど、俺もうあの家に帰りたくないんです!」
「いやだからなんで。」
「それは!」春人はいったん言葉を切って。
「――ノアと喧嘩したからですよッ!!」
「…………。はああ?」
もはや意味が分からないあたしである。
夏休みは補習だらけの進学校に通うあたし等にとって、休日というのは貴重なものだ。
その貴重な休日を睡眠に費やすのがあたしの至福の時である。
しかしそれをインターホンで叩き起こされ不機嫌絶好調なあたしに構わず「お邪魔します!」とかあたし以上に不機嫌絶好調すぎる春人がやってきたから何かと思えば。
ノアと喧嘩したからってなんで家に帰りたくない理由になるんだっていう。
っていうかこの間から我が家が逃げ場みたいになっちゃってるけど我が家そういう施設じゃないから。逃亡者かくまう闇組織とかじゃないから。