と、一人心中で大混乱していたあたしは、
「……これ」
聞こえてきた声に顔を上げた。
声は春人だ。
でも喋り方がまるきり違う。
どういうことなの。
そう思いながらも、顔を上げて見た先に居た春人が、あたしが着せた上着を掴んで、
「……いいの?」
と、無表情ながらも首をかしげて聞いてきたから、頷くしかできなかった。
ただ黙って首を縦に振ったあたしに、普段と違う雰囲気の春人は「どーも」と簡単なお礼を口にした。
“どーも”っておま……“どーも”ってそれ春人の口から聞けるとは思わなかったよホント。
だって春人いっつも『ありがとうございます!』って心の底からうれしそうに言うし。
それが今、まさかまさかの“どーも”だよ。
もしかして春人クンてばクール系にイメチェンか。
マジでそれちょっとキョウちゃん先輩困っちゃう。
…なんてあたしが考えているとは知らないだろう春人は、その簡単なお礼だけを言い残し、くるりとあたしに背を向けた。
呼びとめようかとも思ったけど、やめた。
まだ桜の咲かない、肌寒い夕暮れ。
あたしの上着を羽織り、去って行くその華奢な背中に。
あたしは疑問だらけの視線を向けた。


