私はその日、短い指で懸命にコードを練習した。
真剣にやっていると、柏木先生は「リラックスして」と時々肩を揉んできて、そのたびに私はドキドキした。
そして休憩時間。
私は先生に、何か一曲披露してください、とお願いしてみた。
「そんな、無茶振りしないで下さいよ」
「えー、上手なんだから良いじゃないですか」
「………じゃあ、僕の十八番で」
柏木先生は静かにピアノを弾きはじめた。
…………あ、この曲。
私がいつも窓際で聞いてた、あの曲だ。
もっと近くで、聞きたかった。
この曲を奏でるその人に、ずっと会いたかった。
その人が今、私の為にその曲を弾いてくれてるんだ。
今さらながら、私はこの状況がとてつもなく幸せなことだと気付いた。
なぜだか涙が滲んできた。
「…………グスン」
「……?……畑中さん?」
涙をこぼす私に気付いて、柏木先生はピアノを弾く手を止めた。
でも、私は首をブンブン振って、
「………止めないで。」
と言った。

