暁の唇があたしの頬に触れている。


信じられない事実に頭は考える機能を放棄してしまっている。

体が震えて止まらないのを必死で隠そうとギュッと手を握って耐えようとした。

狭い助手席のシートでは上手く動くこともままならなくてその手は必然的に暁の胸の上に置かれる形となってしまった。

震えが止まらない……暁に気付かれてしまう…。

どうしたらいいんだろう…。

そう思ったとき暁の擦れた細い声が耳に届いた。


『泣かせてばかりでゴメン…杏……愛してるよ……』


夢かと思った。


「杏…もうおまえを絶対に離さない」

幻聴かも知れないと思った。

「愛している」

でも、その声は確かにあたしの耳元で聞こえた

「アメリカになんか行かせない。もう一秒だって絶対に離さない。どこにもやらない。俺の傍にいろ」

これは…現実なの?

ううん、きっとこれは…夢だ……。

幼い頃の夏の夢、夜空に咲いた大輪の幻の華が鮮やかに瞼の裏に蘇る。


――杏。俺の傍から離れるなよ。ずっと傍にいるんだぞ。――


あの日大輪の幻の華の下で、暁はそう言った。


夢だ…


幻の華が見せた夢だ…