彼女は起きていた。
周りは自分の手さえも見分けられない静寂の闇。
ぴんと張り詰められた緊張が彼女の記憶を刺激する。
カジュは隣で寝ている。
遠くから傭兵の自嘲が聞こえた。
「殺される。たまんねぇ、たまんねぇよ」
声のようすから、まだ若い。
彼女は音をたてずに声の元へ近づいた。

「最初からだめだったんだ。俺達じゃ敵わねぇ。死んじまう、みんな殺される」
誰も応えない。
彼女は苛立ちを含んだ沈黙を感じはじめた。
C級の大半は、おそらく寝ていない。
戦場で状況を割りきって眠る。
それだけの実力がないからだ。
「おい」
「誰?」
「ナナセ=マーシャル」
気配で、彼が顔を上げたことが伝わってくる。
上官だと認識したのだろう。
「少し黙っていろ」
「すみません…」
彼女は彼の隣に腰を下ろす。
彼はすすり泣きをはじめた。
「ナナセA級兵…どうして戦ってくださらないのですか…A級の方は…さぞお強いのでしょう?だったら今のうちに…敵を皆殺しにしてくださいよ…俺たちじゃ敵わねぇ…明日にはみんな死んでしまいます…」
暗闇の中から舌打ちが聞こえる。
「死にたくない…こんなところで…嫌だ…嫌だ」彼女はM2カービンの安全装置を外した。
その音で彼はびくりと肩を揺らす。
「戦場じゃ饒舌なヤツから死ぬ。死にたくなきゃ黙っていろ」

彼女はカジュのところへ戻った。
カジュは彼女をチラリと見る。
「二時間後だ」
カジュは頷く。
そして再び目を閉じた。

戦場に言葉はいらない。
自分の人生に戦場を選んだ時点で、覚悟しておかなければならない。
金と引き換えに命と人間を売った。
命の長さは、相手を傷つけ、命を奪うことで、自分で決めなければならない。
そこに正義も正しさもない。
ただひたすらに生きるだけ。
死の恐怖に饒舌になるやつは言葉にすがりついて、殺すことに、生きることに迷いが生まれる。
迷いがあれば死ぬ。
兵士になりきれないやつから死ぬ。
それがここのルールだ。だからこそ、他人の嘆きに引きずられるわけにはいかない。




彼女の表情が、薄く陰った。
記憶の欠片を拾ったのかもしれない。