「髪切った?」
「切ってねェよ」
何とも緊張感が吹っ切れるやり取りだろうか。紅蓮は霧澄の言葉に顔を引きつらせ、即突っ込む。さっき霧澄と会った時に突っ込まれた時のようだった。
「なになに、霧澄帰ってきたの?おかえり」
「おう、翠柴か」
翠柴(すいし)と呼ばれる青年は、ひょい、ひょいと軽い足取りで霧澄に近付くと、紅蓮を横目で見た。紅蓮は視線から逃れるように、天井に視線を泳がせる。
「さっきね、紅蓮が寝ぼけて僕に・・・むが」
喜々と話す翠柴に、慌てて紅蓮が手で翠柴の口を押さえる。おそらく思い出したくない羞恥を感じる紅蓮の話なのだろう。
「それは・・・言うな」
顔を赤らめて声を絞り出している紅蓮の姿は、面白かった。
翠柴は、話せないことに不満を持ったが、顔が赤い紅蓮を見てケタケタと笑った。と、同時に魅楼と目が合い、笑うのをやめた。
「さっきから思ってたんだけど、この人誰?」
翠柴は首をかしげて魅楼を指差す。それを見て紅蓮も頷いた。魅楼が何者か知りたいのだろう。戦争をしている中で、警戒は解けないモノだ。
霧澄はワシャワシャと、自分の髪の毛を乱しながら魅楼を見た。
こいつらに隠し事をするな、とでも言いたいのだろう。
魅楼は霧澄に頷き、口を開いた。
「俺・・は、光の国の後継者、だ・・・」
“後継者”という言葉が出た途端、広場に居た人が皆一斉にこちらを向く。いきなり視線が自分に注がれたことに驚いた。
紅蓮と翠柴を見ると、二人は驚くと言うより睨んでいたように見えた。
「それで・・・後継者サマが何の用?」
「まさか、こんなきたねェとこに住んでることを・・あざ笑いにでも来たのかよ」
翠柴は笑顔だったが、さっきより雰囲気が怖い。そして“後継者サマ”を強調している。嫌味のつもりかもしれない。紅蓮にいたっては、敵意むき出しで鋭い睨みと共に吐き捨てるように言った。
霧澄は首を横に振り、ため息をついている。
そして時間が経つにつれ、周りも魅楼が言った言葉を理解し始めたのか、視線が痛くなってくる。魅楼にとっては居心地が悪いところだった。
「おい、霧澄。テメェ何のつもりだ・・・」
紅蓮は霧澄にまで睨みを利かせる。翠柴はため息をついた。
「僕も疑問に思う。後継者を霧澄が心底嫌いなのは皆知ってる。なのに霧澄が、僕らの隠れ家に、何で後継者を・・・心外だよ」