芳郎は、父が話してくれた一つの詩が好きだった。
感銘を受けた。
だから優しくありたいといつも心に諭していた。
『芳郎、町の辻、という詩を知っているか?知らないのならば話してやろう。
町の辻
雪解け道のぬかるみを
杖にすがりてとぼとぼと
歩み来れる老婆あり
行き来の馬車の絶えされば
向こう側へ行きかねつ
老婆の前を右左
行き交う男女の多けれど
北風寒き町の辻
身なり卑しき老婆には
手を貸す人もあらざりき
米屋の小僧お得意へ
米を運びし帰り道
ひらりと降りて自転車を
角の下駄屋に預け置き
すぐに老婆を導きぬ
下駄屋にありし人は皆
年の若きに感心な
かくゆう声を後にして
國に母親残すらん
彼の瞼に露ありき
下駄買う人も売る人も
下駄屋にありし人は皆
彼の姿を見送りぬ
諭すべき子に諭されし
小さな悔いを抱きつつ』
空で話しきった父もまた、この詩が痛くお気に入りだった。
『後悔先に立たずとは良く言ったものだが、人は悔いて初めて気づく事も多いのだ。愚かだが、人とは可愛いものだなぁ。芳郎。』
からから笑う父を、芳郎は誇らしく思っていた。
芳郎の父も、人を殺した。医者として助けるべき命を消してきた。父は隠さずにそれを自分の枷にして、日本人も中国人も同じように救った。
悔いの上に立ち、曇りのない心で世を見ていた。


