「夏くん、僕お腹すいた。」
いつもの夕食の時間はとっくに過ぎ、壁掛けのアンティーク時計はまもなく8時を指すところ。
大人たちが話し込んでいる間、お茶菓子をもくもくと食べていた春樹だが、甘いものでは満腹にならなかったらしい。
「ママもお腹すいたわぁ。但野さん、今日の夕食はなにかしら?」
母さんも大袈裟にお腹をさすりながら夏を急かす。
夏はいそいそと割烹着を身に纏うと、キッチンへ直行した。
「シチューを温め直しますので、今しばらくお待ちください。」
と言って、手際よく夕食準備にとりかかる。
「ふふ、ここではママも上げ膳据え膳ねぇ。楽チンだわぁ。」
「よかったね、母さん。」
「但野さんはお料理すごく上手だしね、春樹くんもよかったわね、ママが但野さんに決めて。」
「あはは、そうだね。」
この家に来た頃は、お手伝いさんなんて誰でもいいと春樹は思っていた。
でも今は夏が来てくれて良かったと心から思っている。
「あ、そうそう、ゆきちゃん。お部屋は2階を使ってね。」
「母さんと父さんの部屋?」
「そうよぉ。客間は但野さんのお部屋だから、そこしかないでしょう?」
リビングの奥、階段の下に当たるところには、座敷の客間がある。
そこは今夏の部屋で、2階の西側が春樹の部屋。
まだ使ってはないが、東側が春樹の両親の寝室だ。
案内する、と言って母さんとゆきが連れだって2階へ上がって行った。
残された春樹は夏の手伝いをする。
「春樹くん、可愛い女の子が隣の部屋で寝てたらドキドキして眠れないんじゃない?」
オーブンから焼きたてのパイを取り出しながら、悪戯っぽく夏が言う。
「なっ、そんなことないよ。夏くんこそ、僕にする様なことゆきちゃんにしたら、セクハラになるんだからね。」
負けじと春樹も応戦する。
「ははっ、例えばどんなこと?」
「朝とか無理矢理起こしたり、お風呂覗いたりだよ。」
「えー、俺は春樹くんを思って様子を見に行ってあげてるのに。」
「ゆきちゃんにはしちゃだめだからね。」
「はいはい、わかりました。」
くだらない確約をしながらも美味しそうな、もとい、実際ほっぺが落ちるほど美味しい夕食が出来上がった。


