夏はにんまりと上げた口角を更に上げ、

「ああ、よろしくな!」

と言って春樹の肩を抱いた。そのまま玄関の扉を開け、春樹を促した。



以外にも、夏はなんでも器用にこなせる人のようだった。見た目は年相応に遊んでいそうな若者なのだが。
家事なんて出来そうにもない、との第一印象が間違いだったと気付くまで時間はかからなかった。


家の中をぐるっと見回った後、冷蔵庫を覗いていた夏は思案顔で振り向いた。

「春樹くんは甘いものって食えるの。」

「あ、いや待てよ…今日から俺は住み込みのハウスキーパー…ということは俺も食べるから…俺はそう、甘いものは苦手。うん。」

そうひとり言を呟いた後、夏は迷うことなく料理にとりかかった。トントンと小気味よい包丁の音がする。

「あの、僕甘いものはけっこう好きだけど…。」

「いやごめん、春樹くん。
今日のおやつは、俺の独断と偏見によりキッシュにするとたった今決まっちゃったよ。」


我が道を行く人だな、と感心しながら焼きたてのキッシュを頬張る。カリッと小気味好い音がして、鼻の奥にチーズの柔らかい香りが通った。

「あ、うまい。」

「だろ。」

夏は自分も頬張りながら、ふふんと鼻をならした。


昼を過ぎ、窓の外の風が緩くなっている。風自体は冷たいままだが、暖かい太陽の光を大地が吸い込み風に溶かす。冬の風とは全く印象が違う。
いつも窓の内側から外を眺める春樹にとって、風は感じるものではなく見るものだった。

風の流れを見つめて微笑む春樹を、夏は横目で見ていた。