有料散歩




「もしもしお電話代わりまして、但野です。はい、いえいえ…。」

ははは、と大人に対しては相変わらず爽やかな夏。饒舌に社交辞令を突破して、本題もスムーズに進んでいるようだ。

どうやら心配ないと確信した春樹は、電話を夏にまかせて自分はゆきの向いにまた腰を下ろした。

ゆきはきちんと足を揃えてソファーに浅く腰掛け、両手は膝に、顔は俯けてちんまりと鎮座している。

美人というわけではないが、曇りがないとでも言おうか。
凛とした印象の少女だ。


「ゆきちゃんは…何歳。」

「え。」

顔を上げ、春樹と目が合う。
線の細い彼女は、顔も小さい。

「あ、えっと、僕は15歳なんだけど。」

「…13歳…。」

「あ、そうなんだ…。」

中学1年か、2年か…。
どっちだろうと気になったが、春樹はそれ以上聞かなかった。
かわりにそれ以上に気になってた事を尋ねた。

「おじいちゃんって…どんな人なの。」

するとゆきは目を爛々と輝かせて、ここにきて初めての笑顔を見せた。

凛とした雰囲気は消え、ふわふわと柔らかい笑顔。

「おじいちゃんはね、すごくすごく優しくて静かで、物知りで強くて紳士なの。」

なんだか絶賛である。

「ここに、一人で住んでたの。」

「うん。あたしが生まれる前におばあちゃん…おじいちゃんの奥さんが死んじゃったから、一人でここに住んでた。」

でも…
とゆきの声色が変わる。

「少し病気して、あたしの家に来たの。そしたら突然いなくなった。」

「…だからここに戻ってきたかもって。」

「そう。絶対そうだと思ったからね、あたしここまで探しに来たのよ。」

ゆきの話が事実なら、春樹が入れ違いで住みはじめたわけではないらしい。

春樹がここに来た日、暮らすには不便のないくらい家の中は整っていたが、おじいちゃんというか、誰か他人の気配は無かった。

人の気配というのはなかなか消えない。
例え家具や内装を新しくしたって、暮らしていた人の気配はしばらくは家に居着くものだ。

でも確かに、気配はまったくなかった。

おじいちゃんはこの家にはきっと戻っていない。