「あ、もしもし、柊さんのお宅でしょうか。…はい、私但野と申しまして…、お宅のお嬢さん、ゆきさんがこちらにいます。…ええ、祖父にあたられる方が以前所有していた山の…はぁ。私は今この山の所有者に雇われている者です。え。いえ…は。あの、……。」
どうやらあまり上手くいかなかったらしい。
春樹もゆきもじっと息をひそめて行方を見守っていたが、以外にも短時間で受話器を置いた夏を心細い思いで見つめた。
夏は振り返って言葉を探した。ゆきの意向を伝えられなかった後ろめたさを、すぐに謝った。
「ごめん、ゆきちゃん。今からこっちに来るらしいよ、君のお母さん。」
はぁ、と落胆するゆき。
「うん、だと思った。…仕方ないもん。夏さん、ありがとう。」
「来たらきちんと話ししてみような。で、あとは春樹くんのご両親だけど…今仕事中だよな。」
「うん。会社にかけてみてよ。たぶん事務が電話に出るから。」
母さんは事務だ。
今の時間なら間違いなく母さんが出る。
「よし、わかった。」
「あっ、待って。突然だと心配かけちゃうから…まず僕がかけるから、夏くん代わって。」
それもそうだ。
春樹の体はいつ何があるかわからない。
突然の電話は、きっと両親を慌てさせる。ならば直接電話口に出て、心配ないと安心させたかった。
春樹は迷わず父さんの会社の番号を押した。
2コール鳴るか鳴らないかで元気な声が聞こえた。
『お電話ありがとうございます。株式会社アクロス宮前が承ります。』
「…母さん。」
『あらっ、春樹くん。』
「うん、…今大丈夫、」
『どうしたの。調子悪い。』
「ううん、すごく元気。調子はバッチリ。」
『あらあら、ふふ。それは何より。それで、なにかご用事かしら。』
「うん…あのね、前にこの山に住んでた人のことって分かる。」
『前に。そうねぇ、不動産屋さんからは何も聞いてないわぁ。』
「そうなの…あ、ちょっと待ってね。僕じゃ上手く説明できないから、夏くんに代わるね。」


