「さて、春樹くん。」

隣に立つ長身の男が言った。

「まだ風が冷えるからね、中に入ろう。」

去っていく母さんの車が見えなくなるまで見送った春樹がはたと気づく。

(そういえば居たんだっけ)と。

「…えっと。」

「但野夏。」

「すみません、タダノ…さん。」

さっき母さんから名前を紹介されたのに、まったく聞いていなかった。


教員免許を持ってるハウスキーパーの男は、頰を掻きながら言葉を探した。

「んー…春樹くん。」

「はい。」

「俺は春樹くんを宮前くんとは呼ばないよ。
なぜならば、雇い主と雇われモンとはいえ、これから寝食を共にするんだからね。」

「はぁ。」

ぽかんとする春樹をみてハウスキーパーの男がにんまりと笑う。

「タダノさんだなんて息がつまるし、堅苦しいし、できれば夏くん、とでも呼んでもらいたいんだけど。」

「はぁ、夏くん…ですか。」

「あああ」

突然うなる男に春樹の体がびくっとはねた。

「なっ、なんですか。」

「それ、その言葉!」

なにがいけないのだろうかと首を拈る。

「いいかい、春樹くん。ここは君の家だ。くつろぎ空間だ!そこで堅苦しい敬語は君が疲れるよ!」


つまりは苗字じゃなくて名前を呼んで、敬語も使わないで話をしろということらしい。
理解した春樹は苦笑した。

なんだか少し苦手なタイプの人かもしれない。

それでも会ったばかりの人を値踏みするのは愚かなことだと思い直し、

「じゃあ、夏くん。これからよろしくおねが…。」

夏の顔に皺がよる。

「よ、よろしく。」