「ご夕食まだでしたら、ご用意してますが。」
と夏が父さんと母さんに尋ねた。
「あらぁ、じゃあ戴くわ。ね、パパも食べて行きましょ。ママ助かるから。」
両手を叩いて朗らかに母さんが言う。
「ん。じゃあ、戴こうか。」
「はい、すぐご用意します。」
夏も爽やかな笑顔を返し、そそくさとキッチンに立った。
夏のにんまり顔に慣れた春樹にはその様子がとても気味悪く感じられた。
夏が夕食を用意している間に、春樹は父さんと母さんのためにお茶を煎れた。
「父さん、仕事…よかったの。」
ダイニングテーブルに並んで腰掛けた両親にお茶を差し出し、春樹が言う。
「ん。ああ、もう終わるとこだったんだ。」
「まぁよく言うわ。皆さん驚いてらしたわよぉ。」
おっとりと母さんが口を挟む。
母さんの昔の職場というのは、父さんの会社の事務だ。母さんの抜けた穴にはずっと契約社員を雇っていたが、このたび母さんが復帰した。
「ごめんなさい、僕…。」
「なんだなんだ。春樹はなにもしていないだろう。父さんが勝手に春樹に会いたくなったんだよ。」
笑って言う父さんの背広は、きちんとクリーニングされてピシッとしているのに、なぜかくたびれて見える。着ている本人が疲れているのだろう。
「そうよぉ、いっつもママに、過保護もいい加減にしろって言うくせに。肝心なときは男ってだめねぇ。」
母さんはどこか抜けている。今ここにいるのが母さん以外は男だということを忘れている。
しょんぼりする父さんの後ろ。キッチンのカウンター越しに、心当たりがあるのか夏がギクッと肩を震わせた。見逃さなかった春樹はこっそり笑う。
「ところで、春樹。なんで突然名前のことを聞いてきたんだ。」
夕食を並べる夏に、父さんが軽く頭を下げながら聞いた。
「前から気になってたんだよ。冬生まれなのになんで春樹なんだろうって。でも怖くて聞けなかった。」
「怖くて聞けなかった。」
「うん…だって…。」


