受話器を持ったまま呆然とする春樹に夏が歩み寄った。春樹の手から受話器を取り上げて、そっと電話機に戻した。

「…ご主人、なんだって。」

「…今から来るって。」

「そか、お茶の用意をしないとな。あ、もう夕食は済ませてあるのかな。」

「…多分、まだだと思うよ。」

「じゃあ、軽く何か作っておこうかな。」

ご自慢の割烹着を身につけ、夏がキッチンに向かう。春樹はまだ呆然と立ち尽くしていた。


春樹の父親はおおらかというか肝が座っていて、何事もどしんと構えて動じない。
仕事の顔は知らないけれど、部下の人が以前真面目で厳しくて手を抜かない、と言っていた。
春樹の事で会社に行けない時は、前もってスケジュールを空けて、仕事に穴をあけたりなどしない。

いつもならまだ仕事をしている時間なのに、来るという。

半信半疑ではあったが、春樹は玄関にちょこんと座って到着を待った。



それから1時間もしないうちに、玄関外に車が停まった。エンジンが止まると、取るものも取り敢えずといった様子でドアの開閉の音がした。
そしてすぐにインターホンが鳴った。

「お、春樹!わざわざ出迎えてくれたのか!」

勢いよく扉を開いて父さんが入ってくる。

「おかえりなさいませ、ご主人様、奥様。」

いつの間にいたのか、割烹着をつけたままの夏が後ろでお辞儀をしていた。

「ああ、但野さん、お世話になってます。」

「あらぁ、ちょっとパパ。靴揃えてちょうだいよ。」

母さんも入ってきて、なんだか暖かい家族の雰囲気も家に入ってきたようだった。