有料散歩




ライトブラウンのほんのり発光する光の粒を飲み込んで、木の思い出に沈んだ春樹。

木の思い出なら悲しいことはない、と身を預けた春樹だったのだが、覚醒し肉体に戻ったとたん、涙が怒涛のように流れ出た。
感情の大爆発に伴い、溢れる涙を止めることは難しく、夏の困り顔の横でひとしきり泣いた。


落ち着いたころに夏が尋ねた。

「どうだった。」

また不躾すぎる質問に、重い口をあけた。

「悲しいのはやだって言ったのに。」

「悲しかったんだ。」

「…うん。」

「で、木の感覚ってか気持ち解った。」

「…少し。」

「そか、それは良かった。せっかく木にちなんだ名前なのに理由を知らないのは損だもんな。」

「名前。」

「春樹の樹。」

「あっ!」

「あれ。気にしたことないの。名前の理由ってご両親に聞いてない。」

「聞いたことない。なんで春なんだろうって、前は気にした事あるけど。」

「ああ、冬生まれなのにって。」

「うん、普通冬樹じゃないのかなって。」

「親に聞いてみろよ。」

「あはは、無理だよ。」

「なんで。」

自嘲気味に笑う春樹は、妙に大人びていて不自然な雰囲気になる。

「…生まれないほうが良かったかもしれないし。きっと病気の子が生まれて、適当につけたんだ。」

「決め付けるなよ。」

「でも怖くて聞けない。」

「…木の思い出はそんなに薄っぺらいもんだったのか。」

「薄っぺらい。」

「そ、単純にただぼーっと突っ立ってるだけの思い出だったのに、春樹くんは悲しくなるんだ。」

「…突っ立ってるだけじゃなかったよ。悲しいだけでもなかったし。」

「ならきっと、思い出の中で見てきたものくらい、重みがある理由で春樹ってつけたんだろうな。」

「そうかな。」

「聞いて確かめてみればいい。」

「…。」

「さて、風呂の時間だよ。」

両膝を叩いて話を打ち切り、夏が立ち上がった。