「春樹くん、目開けてもいいよ。」
頭の上から声がする。
また倒れてしまったのだろうかとおそるおそる目を開いた。
だが視界に入ってくる闇の空間と光の粒だけでは、上下も左右も判断できない。夏の姿を見ようと首を回すと、すぐ隣に夏の足があった。見上げるとあいかわらず不気味なにんまり顔をしていた。
どうやら倒れたわけではなく、さっきリスを見上げていた体制のままだ。
足下はやはり無限の闇の空間で、春樹の平行感覚が機能しなくなる。
体験済みとはいえ、再び降下してしまう錯覚に捕われ、夏の足に縋り付いた。
「だから、落ちないって。」
頭上で夏が笑う。
夏につかまりながらゆっくと立ち上がる。ようやく曲げていた足を真直ぐに立たせたが、果してこれが真直ぐなのだろうか。
隣に立つ夏と同じ角度でいることだけが、春樹のバランスを保っていた。
「やだって言ったのに。」
ぼそりと恨み言を言う春樹に悪戯な笑みを返して夏が口を開く。
「何事も経験。木になってみないと、木の感覚解んないんだろう。」
「解んないけど、別に解んなくてもいいし。」
「俺はぜひ、解ってもらいたいね。」
そういうと夏はスタスタ歩きはじめる。
慌てて春樹も追い、足早に歩く夏の背中を目指す。
「待って夏くん!僕、そんなに早く歩いたらだめなんだって。」
くるっと振り向いて夏が首を傾けた。
「あれ。言ってなかったっけ。ここなら春樹くん走っても平気だって。」
「え。」
「ここは言わば異次元空間だからな、肉体とは分離してるんだよ。」
「どういうこと。」
「今の俺も、春樹くんも魂だけになってんの。だから別に走っても平気。」
「だって、昨日は心臓止まったかもって心配してたじゃん。」
「そりゃ、魂と肉体は繋がってるからね、魂がショック受けて肉体に影響しなかったか心配だったんだよ。」
「でも、じゃあ、走ったら肉体にショック与えない。」
「ああ。春樹くんの肉体に欠陥があっても、魂は綺麗なもんだよ、大丈夫。だから人間生まれ変わるわけだし。」


