午前中は数学の他に、国語と社会の教材に手をつけた。数学と同じようにまずはじめは中学の復習からで、簡単な問題集を記入し自己採点をして終わった。
回答集の解説もしっかり読み込み、忘れていたことを思い出す。
答えが解ってしまえば、ああ去年の今頃勉強したところだなとか、そういえば期末の試験に出た問題だったなと思い出してくる。
夕べの思考がデジャヴュする。
「今日は迷路から脱出だな…。」
昨日迷い込んでしまった迷路は未だ抜け出せないままだが。
昼食のあとは散歩の時間だ。今日も天気が良く、昼過ぎの温い風が木々を揺らしていた。
腐葉土はあいかわらず柔らかく、踏みしだく足が少しめり込む。ゆっくりと呼吸をしながら、ゆっくりと歩いた。
昨日見つけたリスの巣穴を見上げる。しばらく音を立てずに待ったが、なかなか出てこない。その場でしゃがみ込み、春樹はじっと待ちつづけた。
「気配を殺さないと、警戒して出てこないよ。」
振り向くと割烹着を脱いだ夏がにんまりしていた。
口に人差し指を当て、もう片方の手で制止を促す春樹を無視して側まで来る。
「…もう、今出てくるとこだったかもしれないのに。」
視線を巣穴に戻して、春樹は文句を言う。
「だから、そんなに威圧感たっぷりで見てたら出てこないよ。」
「じゃあ、どうすれば出てくるの。」
なるべく小声で問う。
「ん、そうだな…。ここに生えてる木になったつもりになるといいよ。」
「どういうふうに。」
「ただ生えてるんだよ。ただの木ならリスが出てくるのを待ったりしないし、なーんも気にしない。風が吹いて枝が揺れることも、幹に虫がかじりついても気にしない。ただ生えてる。」
「…むずかしいよ。」
「そうかな。深く考えるからむずかしいだけなんだけどなぁ。」
「だって木になったことないし。」
「あ、じゃあなってみる。」
また突然夏が突拍子もないことを言い出す。昨日の経験を経ているので、春樹が怪訝な顔で構えた。
「や、いい。」
「いいから、いいから。はい、行くよー。」
「やだ、ほんとにいいってばっ!夏くん!」
夏が昨日と同じように、春樹の顔の前で指を鳴らした。
視界が反転する。
とっさに瞼にぎゅと力を入れた。


