ふぅ、と腰に手を当てて夏がようやく姿勢を起こす。視線を感じて振り向くと、さっきまで一心不乱に数字を追い掛けていた春樹と目が合った。
「あ、なんか飲み物いれようか。」
春樹が頷く。何故か口元を手で覆って笑いを隠しているふうだ。
「ついでにおやつにしようか、なに飲む。」
「ミうクひー。」
極力口を開けないように発音したため、わけのわからない飲み物になる。
「え、なに。」
かた眉を上げて、夏が聞き返す。
「ぶはっ、だめだぁ〜、あはは…。」
「なんだよ、急に。」
「だって、夏くん、クイックルとか使えばいいのに、くくっ、一生懸命雑巾がけしてるんだもん。」
「おっ、雑巾がけをなめてるな。足腰鍛えられるし、一番汚れが落ちる最高の掃除方法だというのに。」
「そうなの。」
「そうなの!で、なに飲むの。」
「ああ、ミルクティー。」
ひとしきり笑って息を整える。泣くのも笑うのも呼吸が乱れ酸素を消費するので、春樹はなるべく静かに笑う。感情さえも支配してしまう自分の心臓に生かされている、とこういうときにひしひしと感じる。
夏がいれた甘いミルクティーと、夏がいつの間にか焼いていたジンジャークッキーを口にしながら、春樹は次の教科にとりかかった。


