寝室にはベッドが一つしかない。明子の見合いの日からはずっと背中合わせで床についていた。
セミダブルのベッドはそこそこ広いが、長身で肩幅も広い夏がいるので背中の一部が触れ合う。
明子の呼吸がリズムを持っている。健康そうな鼓動が背中越しに伝わる。
安らかに眠っているようだった。
眠れないながらも夏は目を閉じ、今日を振り返った。
新しい勤務先は、私有地の小さな山の上にあるらしい。
ここからなら、電車で40分くらい、その後歩いて20分くらいで山の麓に着く。
そこから更に山を登るが、夏なら30分くらいで登り切れるような小さな山だ、と奥様から聞いた。
そして、少年。
写真で見せてもらった少年は、痩せているのかやつれているのか、どうにも線が細くて陶器のような白さの肌。その儚さが綺麗な顔立ちを際立たせていた。
写真の中で微笑む少年は決して後ろ向きになどなっていなかった。今生きていられることがとことん幸福だ、という表情だった。
だが奥様は言う。素直ないい子なんですけれど、病気のせいで諦め癖がついてしまって、と。
普通の子ならば、我が儘に貪欲に、色々と興味を抱く年頃なんですけれど、と。
15歳、尚更男の子ならばそうなのだろう。
親に反骨心を抱いたり、広がっていく世界の中で、自分の将来を夢見る年頃だ。
春樹、という少年は、両親には我が儘も反抗もしないらしい。
ただ山で暮らしてみたいと、たった一つ零した願いを両親はすぐに叶えることにしたということだった。
そして両親や医者だけでなく、違う人間との交流で世界を広げてやりたいのだ。
夢も希望もなくては、生きる意味が見出だせない。
諦めてかけている未来を、取り戻したい。


