「断ろうかと思って。」
「あ、やっぱり。厄介事苦手だもんね、夏。」
「…たんだけど、受けた。」
「え。」
「来月からの契約。」
振り向いて、明子は目を見開いた。
「夏、ちゃんと話し聞いてきたの。」
「聞いたよ。手術に向けて、体力作らせるための山暮らし。家事をしながら、少年の気持ちを前向きにさせてほしいって。」
何かを考えるように、明子が視線をずらした。
「…とりあえず、小皿持ってって。ご飯食べながら話聞く。」
食卓を整えて、二人で席についた。
「いただきます。」
軽く手を合わせ食べはじめる夏を見て、明子は微笑む。
夏のこういう所が好きだった。
「それで。詳しく決まってるの。」
「ああ、先方はもう山も買って、住むところも整えてあるって。」
箸を休めずに言う。
「そうじゃなくて、…その男の子。余命宣告されてるって…。」
「ああ、20歳まで難しいかもって。」
「でも手術って。」
「手術できるだけの条件が、今の少年には揃ってないんだと。」
「…なんの、病気。」
「心疾患。」
「そう。どんな病気なのか私詳しくないけど、そういうのって周りのフォローがすごく大事なんじゃないの。」
「まあ、そうかもね。先天性…生れつきってことだけど。先天性の心疾患って合併症がやっかいなんだよな。いつ心臓止まるかおっかなびっくりなわけ。本人も、家族も。そりゃあたまには心も折れる。」
「そんな、他人事みたいに…。」
「だってあくまで俺はお手伝いさん、だし。」
「だけど、…夏。」
明子が箸を置いて、まっすぐ夏を見た。夏も同じように顔を上げた。こんなふうに意図せず現れる夏の誠実さを、明子はこよなく愛していた。
だからこそ心配ばかりが膨らんでしまう。
こんなに誠実な人が、あえて自分の気持ちに気付かないふりをするのは辛くないのだろうか。
その頑なさを解してあげたかった。言葉でも態度でも充分過ぎるほど伝えたけれど、夏は変わらなかった。だから夏と離れて次へ進もうと明子は決めたのだけど、喉の奥の方に後悔が張り付いて取れない。
もっと違う言葉があったのでは、なにかが足りなかったのでは、と。
その後悔を無理矢理飲み込んだ。
「今までみたいに、ただ淡々と家事をすればいいだけじゃなくなるよね。」
「まぁ、そうかもね。」
「今までみたいに、上辺だけで関わっていいことじゃないよ。」
「奥様にも念を押されてるよ。」
「なんて。」
「気持ちのどっかで諦めてるみたいだからって、ゆっくり、あせらずに、気持ちも体力も向上させていくつもりだから、協力してほしいって。まぁ、それに見合うだけの報酬額だしな。」
関心のない話し方に、明子はますます心配になった。


