「このままでは20歳まで難しいと言われましたの。」
泣きそうでも、泣かない。
母親というものは芯が強い。
「けれど、このままでは、という事ですから。
手術をすれば治る見込みはあるんです。」
「手術はしないのですか。」
「ええ、もちろんします。
ただ、生まれてからほとんどの時間、あの子は病気と闘い続けてまいりましたから…少し心が折れてしまっていて。
それに今現状は手術ができないと先生はおっしゃっています。」
「現状といいますと。」
「息子は先天性心疾患なんです。ちょっと難しい話になりますけれど。」
女性は一呼吸置いて珈琲を飲んだ。
「乳児の頃から何度も手術を受けてきましたけれど、合併症や色々な要因で根治手術がまだできないんです。」
「…根治術といいますと、フォンタン術でしょうか。」
夏の口から専門語が出た事に驚き、女性は目を見開いた。
「ご存知なのね。ええ、そう。息子は肺の血管が細すぎたり、ほかにもいろいろあるのですけれど、なかなか辿り着けないの。」
「ではチアノーゼは。」
「ええ、あります。」
「合併症は。」
「覚えきれないほど、たくさんあります。」
「そうですか。」
「けれど内科治療を続けていれば手術への道も拓ける…と信じているのは私だけかしらね。」
女性の瞳の奥が揺らいでいた。闘い続けてきたのは本人だけではないという事だろう。
「ですから今、あの子自身が後ろ向きではだめなんです。
私も主人も悩みましたけれど、体が安定している時に重苦しい病院ではなく、のびのびと生活させて、いつかの手術に対抗できる体力をつけさせたいと思っておりますの。
前向きに向き合ってもらいたいのよ。」
身を乗り出さんばかりに、夏をまっすぐ見据えた。
「ご協力、いただけますかしら。」


