「ええと、…但野、夏さんとおっしゃるのよねぇ。」

「はい。」

「お若いのね、おいくつ。」

「今年で31になります。」

あら、と女性が口元を抑える。
多く見積もっても20代半ばにしか見えない容姿の夏。見慣れた反応だった。

長身で細身の体。
はっきりした目鼻立ち。
聡明そうな瞳の好青年。




「意外ねぇ、男のお手伝いさんだなんて。」

口元に当てていた手をゆったりとした仕草でカップへ運び、珈琲を飲みながら優雅に微笑んだ。

「それで奥様、家へ伺う前に話したいこととは。」

「あ、そうそう、わざわざお呼び立てしてしまったのにねぇ。」

時間が緩やかになる人だな、と肩の力が少し抜けた。

夏にはこの時、通いで勤める勤務先があった。
立派なお屋敷に住む、それなりの家柄の家事を任されていた。
それなりの報酬を貰っていた。





「夏さんはとっても優秀な方だと伺ってますの。
なんでも…有名な大学で医療も学ばれた事がある…とか。」


「はい、医療とは言いましても、応急手当や薬剤などの知識が多少あるだけですが。」

本当は医師免許を持っている。
医者にはなるつもりがない。

「保健医とか、教員免許もお持ちだそうね。教職に就くご予定なのかしら。」

「いえ、役に立つかなと。資格だけあっても、俺には宝の持ち腐れですね。」

「あらぁ、家では役に立っていただくわ。」

にっこり微笑む女性を前に、やっと冷めた珈琲カップに手を伸ばした。



女性が作り出す緩やかな時間に包まれて、夏はすっかり気を緩めてしまっていた。
(俺と言ってしまったな)、と心の中で自分を戒めた。