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「あ、おかえり。」


目を開けると夏のにんまり顔が春樹を迎えた。

春樹は呆然としていた。





「…あれっ、春樹くん。」
目の前の夏が少し慌てていた。

「…おいおい、出すぎだろ、涙。」

声もなく、春樹は泣いていた。

「枯れちゃうよ。」

「……。」

「ちょーっと、刺激、強すぎたかなぁ…。」

「……。」

「あんまり泣くと酸欠になるよ。」

「……。」

「チアノーゼでちゃうよ。」

「……。」

「…、はぁ。」




仕方ないな、というように肩を竦めて、夏が隣に腰掛けた。



そこはもうバスの思い出でも、思い出の蔵でもない。



新しい家の前に据えられた、木製のベンチ。







目を開けた瞬間、止まった時と同じように、

すとん

と感情が降りてきた。


止まってしまっていた分、春樹は怒涛の感情の波に飲み込まれてしまっていた。嗚咽を漏らすわけではないが、涙が止まらない。





「…春樹くん、今どんな気持ち。」

不躾な問いに、眉間に皺を寄せて夏を見据えた。


「…悲しくて、悔しい。」

「悔しい。」

「うん。」

「そっか。」


にんまりとはせず、慈悲のような柔らかい微笑みに春樹は少し驚いた。



そのまま、涙が止まるまで、春樹も夏も口を開かず座っていたのだった。