あと少しで家に着くという安堵感からか、
ハンドルを切るのが少し遅れた。
そして、ガクンと大きく揺れて
青年のバスは泥のぬかるみにタイヤを捕られた。
右側に少し傾いたバスは、アクセルを強く踏み込んでも進まない。
タイヤが空回る音だけがむなしく響く。
「くっ!頑張れ、相棒!
もうちょっとじゃっ!」
青年はめげない。
諦めない。
ぐぉんぐぉんとタイヤが空回る。
「あんちゃんっ!」
豪雨の中、意味を持たない雨合羽を羽織り、女学生が駆けてくる。
「千代っ!なにしとんのじゃ!風に飛ばされてしまうじゃろ!!」
「あんちゃん、タイヤっ!溝にはまっとる!」
「わかっとんのじゃ!
いいから、千代は家に入っとき!!」
「いやじゃ!あんちゃんと相棒はうちが助けるんじゃ!」
バスの右側、後方のタイヤのところに回り込むと
か弱い女学生は力いっぱいバスを押す。
青年はアクセルを踏み込む。
かくん、と空回りしかしなかったタイヤが少しだけ前に出た。
やった、と女学生が力を抜いたその時、
バスの左側から暴風が吹いた。
煽られたバスが揺れる。
未だ傾いたままの、
ぬかるみに嵌まったバス。
まるで古い映画のフィルムのように、
コマ送りの乱れた映像。
ドンッ――…、
バスは右側の田んぼに倒れた。
女学生を下敷きにして。


