視界は無いに等しかった。
速度を緩め、田んぼの道を行く。
雨で泥状になった道はタイヤが今にもはまりそうだった。
ようやく、町の駅に着く。
雨で足止めされた何人かの人が、
天の恵みといわんばかりにバスに群がった。
「山ノ井のお寺さんのほうには行くかねぇ。」
「中野のバス停は通るんじゃろか。」
皆困惑し、青年にすがるように尋ねてくる。
「…皆回って行くがぁ、乗りぃ!」
5、6人が乗り込む。
青年の求める姿はない。
「誰か、駅で十くらいの男子見んかったじゃろか!」
乗客の一人が答える。
「隅っこでうずくまっとるのがおったが。」
青年はバスを降り、駆け出した。
「あ、おった!」
聞いたことのある声に、
うずくまっていた男の子が顔を上げた。
「…っ!孝あんちゃんっ!」
駆け寄った青年に気が緩んだのか、男の子は泣き出した。
「汽車も、何遍も途中で止まって…、帰れんかと…おっ…。」
「男子が泣くな!!」
ぴたっと泣き止む男の子の頭を乱暴に撫でると、青年は全身で笑った。
「早いとこ、おっ母さんに元気な姿見せてやらんとな。ほれ、こっちじゃ。」
視界の悪い道をゆっくりバスが行く。
巡回路を逸れ、乗客をそれぞれの目的地へ運んだ。
ようやく村の入口あたりで当初の目的を達した。
あとは田んぼの泥道をまっすぐ行くだけだった。


