「でも、人間の脳は道が解らなくなったって、引き出しがなくなるわけじゃないんでしょ。迷路を迷うだけで。
だから人間の脳は思い出を忘れないってことでしょ。」

「お、理解力あるね、春樹くんは。」

おどけたように目を見開いて夏が続けた。

「そう、生きているうちはね。引き出しはなくならないんだよ。
で、死ぬときにな、その時辿り着けた思い出の引き出しだけ、向こうの世界に持っていく。たまに前世の記憶を持ってる人間がいるけど、全部じゃない。
残骸がここに溜まってく。」

そういって側を漂っていた光の粒をつついた。

「…じゃあ、この光っているの全てが、死んだ人達の思い出…。」

恐る恐る光の粒に指を伸ばす。

「まぁ、それだけじゃないけどな。
さっき春樹くんが言ってたみたいにさ、古いバスや土の思い出だってある。」

光に触れそうになった春樹の指を留めて、
夏は真面目な表情になった。

「つまり、ここは、
生き物も、物も、
物理的に存在していた総ての、思い出、記憶、がある場所なんだ。」



なんだか壮大すぎて、春樹は圧倒されてしまった。


「けど稀にな、」

もう見慣れてしまった夏のにんまり顔が迫る。

「まだ生きてるうちに引き出しをここに送ってくるのがいるんだよ。
その思い出には触れちゃだめだ。
思い出の迷路はなかなか出られないからなぁ。」

意味ありげに語尾を含ませて、夏は春樹の頭を撫でた。