春樹は不思議な顔をした。
いままで夏を見てきて、はじめて夏自信の言葉を聞いた気がしたのだ。
夏の隠されていた本音。
なぜたろうか。
「ねぇ、夏くん。」
「ん?」
「思い出の蔵って、誰でも行けるところなの?」
「え?突然どうした?」
「なんか気になって。」
「…うーん、誰でも、は行けないかな。」
「夏くんはどうして行けるの?」
「…それは秘密。」
夏がにんまりするので、春樹は真面目な顔をして視線でじっと射ぬいた。
しばらく素知らぬふりをしていた夏だったが、やれやれというように首を振る。
春樹はこういうところは頑固なのだ。
「知りたい?」
「うん。」
「あのな、俺は…というか俺の血縁はあの蔵の掃除屋なんだ。」
「掃除…?」
「そう。だだっ広く見えるあの空間だって限度はあるわけ。でも時間が経てば思い出はどんどん増えていく。そりゃもう無限に。だから思い出を整理する必要があるんだよ。」
「そうなの。」
「んで、その整理する役目を担ってるのが俺の家系。」
「どうやって整理するの?」
「食べる。」
「ええっ?!」
「そんな驚くことじゃないだろ?春樹くんだって食べたじゃないか。」
「あ…、」
「俺はひたすら食うだけ。」
「…でも夏くん…、食べた思い出って…どうなるの?」
確かに口に入れて、今は春樹の思い出の一部になっている記憶たち。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「うん、聞いてないよ。」
「あー…、言ったつもりになってた。春樹くん…まずは謝るよ。ごめん!」
「えっ、なんで?」
「いや、実はさ。」
夏は言いずらそうに遠くを見遣った。
そこには、打ち上げ花火のような、空を目指して昇っていく声で鳴く鳶がいた。
高く響いた声が、細くなって雲間に消えていく。
「あの思い出の粒を飲み込むと、代償を払わないといけないんだ。」


