慎ましやかに、小さな山の麓で動物病院を開業した芳郎。
愛しい妻と、大切な母と、目に入れても痛くないほど可愛い我が子。
後ろめたいのは、海の彼方に置いてきた明花の子。
時折遠くを見つめる明花は、間違いなくその子を想っている。
だから芳郎も同じように、血の繋がらない我が子を想った。
申し訳ないと思いつつも、幸せで仕方ない。
『後悔の上に立って尚、生きることが大切なのだ。』
いつかの父の言葉。
後悔はしている。
いつだって後悔だらけだ。
だから、芳郎は明花を精一杯幸せにしたいと祈った。
明花は言う。
「芳郎、わたし、とても幸せ。」
牡丹は、綺麗な花を付けた。
待ち望んだ、命の鎖。
またひとつ、芳郎から繋がった。
建て替えられたばかりの病棟。
祝福の声がこだまする。
芳郎は、65歳になった。3年前に明花は先に旅だった。
それから3年、牡丹は花を付けていない。
「おじいちゃん、ゆきね、この花好きよ。」
明花にうりふたつの孫娘。
この子が産まれた年に、牡丹は今までで一番美しく咲いた。
幸福の花。
まさしくそうだと、涙が出た。
孫娘を愛でながら、自分の人生を振り返ると、なんとも罪深い気がしてくる。
幼子から母を奪い、異国の墓に入れてしまった。
「ゆき、墓参りに行こうか。」
ある天気のよい日、孫娘が遊びに来た時に、芳郎は小さな手を引いて明花の眠る墓地へと赴いた。


