「芳郎っ、わたしっ…、」
若さと共に打ち捨てたはずの、熱情。
明花を突き動かしたもの。
去ってゆく芳郎の背中には、はっきりと、自分に向けられた熱情があったのだ。
追わずにいられなかった。
取るものも取り敢えず、気づけばその身ひとつで駆け出していた。
走っている間、この15年を振り返る。
辛かった。
苦しかった。
奉公先の、放蕩息子に辱められ、子を身篭った。
20も離れた、ともすれば親子のような夫ができた。
芳郎を忘れたことはない。
嫁に行くならば、芳郎の元に、いつか日本に行くのだと、日本語を勉強し続けた。
産まれてきた我が子はもちろん可愛かったが、どうして芳郎との子でないのかと、一人泣いた夜もあった。
なかなか迎えにこない芳郎を心の中で責めたこともあった。
けれど、そんなもの、どうでもいい。
芳郎は確かに迎えに来てくれた。
生きている間に、また会えた。
神など信じていないけれど、誰かに感謝したい気持ちでいっぱいになった。
ならば、芳郎に言わなければ。
誰ぞに感謝するならば、芳郎にしなくては。
「迎え、…待ってた。わたし…一緒に、生きたい。」
「明花…」
「離縁の手紙、置いてきた。日本に、つれて行って。」
芳郎の二つの瞳が同時に滲む。
昔のように、だめだと、苦虫をかみつぶすべきなのは重々承知だ。
むしろ、昔よりも、今の方が連れて行くには難しい状況だ。
それなのに。
気づけば芳郎の両腕は、明花の小さな体を力いっぱい抱きしめていた。
小さな腕もそれに応えてくれる。
芳郎は更にきつく、折れてしまうのではないかというほど、きつく強く腕に力を込めた。
「…本当に、連れて行ってもいいんだね?」
腕の力を緩めずに、いや、緩め方を忘れてしまったのでそのままの姿勢で、芳郎は明花に尋ねた。
腕の中、明花が頷く。
「…子は、置いて行ってもいいのか…?」
小さく肩が揺れる。
それでも、明花は頷いた。


