寂れた街は、変わらずあった。
風化して崩れかけた建物。
月日が削ったもの以外はそのままだった。
明花の奉公先、料理宿と高利貸を営むこの街の地主。
店の看板は新しくすげ替えられ、そこだけ繁華街のような風貌になっている。
その店先で水を撒く女中。
長い髪を一つにまとめて括り、衣の裾をまくり、それはもう見事に水を撒いている。
通行人に多少かかっているが、気にならないらしい。
かけられた側も、地主の者に盾突こうなどはなく。
芳郎は迷う事なく、自ら飛沫の真っ只中に突っ込んだ。
顔面で受けた水は冷たく、気持ちがいい。
多少どころではなく、豪快に水をかけてしまった女中はさすがに手を止め駆け寄った。
綺麗な声で謝罪している。
ぽたりぽたりと顎まで伝った雫が落ちる。
芳郎は言葉を忘れた。
いや、どんな言葉も今の自分の気持ちに当て嵌まらないのだ。
けれど、ひとつだけ。
「明花…」
女中の顔色が変わる。
小柄な体は昔と変わらない。
ただ、少しやつれて目尻に小さなしわがある。
「芳、郎…?」
幽霊でも見たかのような、俄には信じがたいといった表情。
芳郎は愛しくてたまらない。
明花は覚えていてくれた。
あの頃より逞しくなった芳郎。
15年も離れていれば忘れていても仕方ないと思っていた。
ところが、明花の口から一番初めに自分の名前が紡がれるとは。
「日本語、まだ、覚えてる?」
「…はい。」
絆は切れてはいない。
「迎えに来たんだ。遅くなってごめん。」
明花の持っていた杓がカランと音を立てて転がった。
その時、店から幼い子供が顔を覗かせた。
「マー、」


