俯く明花の足元に雫が落ちた。
芳郎はとっさに目を逸らす。
異国で、あまり辛さを感じなかったのは、明花が居たからに他ならない。
芳郎はできるならば連れて行きたかった。
「明花…いつか…」
明花が顔を上げる。
月明かりに浮かび上がる白い頬にキラリと飴色が輝いている。
「いつかきっと迎えに来る。だから…待っててほしい。」
幼い芳郎の、決心だった。
曇りのない瞳。かすかに揺れて潤んでいるように見える。
それに気づいた明花は、無言のままに芳郎の手を取った。
優しい芳郎はきっと迎えに来てくれるだろう。
自分はこんなまだ年端もゆかない幼子に、重い枷を嵌めてしまった。
けれど、正直、うれしい。
「芳郎…きっと…まってる。」
それだけ言って、駆け出した。
朝日が遠くの山を浮き立たせ、ゆっくりと辺りが白んで来る。
芳郎の眠らなかった瞼の奥に、容赦なく差し込む光。
いそいそと集まってくる人々を見渡す。
晴れやかなのも居れば、難しい顔をした者もいる。
怪我人、病人、赤子、まともな健康体に対する割合は明かに前者が多かった。
手に手を取って、肩を貸し合って、芳郎を先頭に60人の日本人が歩きだした。
「よしっ、郎っ…!」
途中、通り過ぎた街を背にした時、聞き慣れた愛しい声が芳郎の足を止めた。
手が泥にまみれた明花。精一杯の駆け足で芳郎に追いつく。
「これを…」
差し出されたのは、根を布でくるんだ一本の茎。
「これは…?」
「幸福の、花。芳郎に、幸福が、くるよに。」
ふんわりと微笑む明花を見て、芳郎は胸が潰されたように痛んだ。
「ありがとう…。」
それ以上何も言えなくて、芳郎は明花が差し出した幸福の花を受けとった。
ずしんと重い。
幸福とは、重い、想いなのだなと感慨深かった。


