芳郎の真摯な気持ちが伝わり、貿易商と名乗る紳士の帰りの船便に乗せてもらえる事になった。
「条件は、力のある者は船の操舵の手伝いをすること。女は料理や掃除をしてもらいますよ。」
「もちろんです。深く感謝致します。」
「あと、人数は60より増えてはなりません。それ以上は乗せられない。」
「わかりました。」
「では、これより14日の後、ここでお待ちしておりますぞ。」
紳士に深く頭を下げ、芳郎は来た道を昼夜休まず戻った。
健康な者の足で5日の道程ではあるが、病気や怪我人を抱えてとなるとそうもいかない。
急ぎ戻り、そのまま集落を出ないと、14日後に間に合わない。
集落に帰りついたのは、3日後の宵の口だった。
集落の入口で肩を落として佇む人影がある。
宵闇では遠目に判断できないが、芳郎には誰だかすぐに解った。
明花だ。
「芳郎…」
先日追い返したままの出で立ちで、明花は芳郎を待っていた。
明花にはもう芳郎意外に頼るあてがない。
「わたし…」
「明花…悪いけど、今急いでいるんだ。」
芳郎は心苦しい。
だが、父が後を頼むと言ったからには、芳郎には責任がある。
夜のうちに皆に知らせをして、夜明けと共に出立だ。
芳郎は最後の点呼に走った。人数は60まで。
記録していたのは52名までだが、芳郎がいない間に帰国の知らせを聞いて尋ね来た者が何名か。
こんな時代でも、新しい命も生まれていた。
赤子も、人数に入るのだろうか…
であれば、ちょうど60人。
芳郎の胸はますます痛んだ。
夜明けの少し前、未だに立ち尽くしたままの明花の前に、芳郎がやってきた。
悲しいような、怒ったような表情だ。
「明花…、さよならだ。」
「芳郎、わたし、いっしょに、行きたい。」
「…無理なんだ。」
「どうしてっ…!」
「船には60人しか乗せてもらえない。今、この集落には60人いる。明花は、…乗れない。」


